採用担当者ブログ

2017.4.19

ANAの歴史と果たしてきた役割

こんにちは、相澤です。

ここ数日は不安定な天候が全国的に続きましたね。おとといも西日本を中心に国内線の運航が大きく乱れることがありました。みなさんはお天気の影響などを受けていらっしゃいませんか?
4月も後半に差し掛かり、皆さまも様々な企業のことを調べていらっしゃるかと思いますが、セミナーでもANAの歴史についてのご質問をいただくことが増えてきました。
ですので、今回はANAの歴史とその時代とともに果たしてきた役割についてお話ししたいと思います。

ANAは戦後の復興半ばの1952年に創業しました。最初は、企業の広告を配布したり、農薬を散布するといった事業からのスタートでした。
ここまではご存じの方もいらっしゃるかもしれません。
図1.jpg
戦争で多くのものを失った日本。そのなかでANAは飛行機という手段で人の移動や物流を担うことで、経済を支え、文化交流に寄与し、日本の復興・発展に貢献することを願って事業を行ってきました。
  
幹線と呼ばれる大きな都市間を結ぶ路線は複数の航空会社が運航していましたが、当時ANAが就航してきた路線は、新幹線や大きな飛行機では就航できない、国内の地方都市を中心とした路線も多くありました。

1960年ごろ、松山ー伊丹の移動時間はおよそ10時間かかっていたのです。いま、同じ区間を移動するのに飛行機だと50分。
復興が進み、また高度経済成長を迎えるなかで、都市部の経済や文化だけが成長し、発展するのでは意味がありません。地方の移動手段の発達に貢献することが、日本にとって大きな力となるはず、と当時の社員は強く信じていたと思います。

ANAが国内線を事業の基盤としてきた歴史は、戦後日本を立て直そうとする方々の足となり、さらには日本の高度経済成長をお支えすることそのものだったと思います。
そしていまも、いつも傍にある存在として地方路線の運航を堅持しています。それは、先日お話しした災害からの復興も含め、経営理念である、夢にあふれる未来に貢献し、社会の発展に寄与することに繋がっているからです。

輝くような未来を描けるときにも、日本国内が悲しみに包まれるときにも、前に進もうとただただ足を踏ん張り続けなければならないときにも、私たちは人びとの心に寄り添い、社員一丸となって「繋ぐ」ことで、これからも夢にあふれる未来となるよう努めたいと強く思っています。
そして私たちと一緒にこの想いを持ち、ともに歩みたいと思ってくださったらとても嬉しく思います。
初期飛行機.jpg